東京高等裁判所 昭和50年(行ケ)140号 判決
一 請求の原因第一項から第三項までの事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の取消事由の有無について検討する。
(一) 第一引用例の技術内容の認定について
1 成立に争いがない甲第五号証によれば、第一引用例記載の装置は、回転式工具マガジン内に三〇個とスピンドルに一個合計三一個の異なる工具を具えることのできる工作機械の自動工具交換装置であつて、工具のそれぞれに二進符号を付し、使用すべき順序にかかわりなく工具マガジン内の任意の位置におけるようになつており、工具を交換する際は、工具マガジンが回転し、機械“指”が工具をさぐることにより所望の工具が工具交換位置に来たことを検知して制御装置に信号を発して工具マガジンの回転を止め、次に工具交換腕が自動的に回転してスピンドルから工具を、工具マガジンから新たな工具を同時に取り出し、さらに回転して新たな工具をスピンドルに、他方の工具を工具マガジンに同時に挿入した後、平常の位置に戻るという機構のものであることが認められる。
そして、前掲証拠によると、前記自動工具交換装置において、工具マガジン中の各工具は工具マガジンの回転軸を中心とする同一円周上に同一方向を向いて配置されていること、機械“指”によつて選択された工具はマガジンの側方に起立してスピンドルに取りつけられている工具と平行に位置すること、各工具は工具軸部に比し著しく大径の円筒部を有しかつこの円筒部は各工具の根元の部分を占めていること(甲第五号証の図面に現われている工具の状況からみて図面に現われていない工具についても図面に現われている工具と同様であると推認できる。)が認められる。また前記甲第五号証の説明によれば、機械“指”は工具マガジンから工具が取り出された箇所のすぐ背後にあるとされているところ、工具マガジン中一本の工具だけが欠けている空間のすぐ背後にある縞模様の部材のほかにはそれとおぼしきものが見当らないから、機械“指”はこの縞模様の部材であると認められる。
2 そこで、まず二進符号が工具中のどこに付されているかについて考えてみると、工具マガジン中の多数の工具の中から所望の工具を選択することは機械“指”が各工具中の二進符号をさぐることにより行われると考えられるから、この二進符号は前記のように工具マガジンから工具が取り出された個所のすぐ背後にあるとされる機械“指”に接触する部位になければならないことは見易い道理である。そして、前記の工具マガジン内の工具の配置状況、工具中の円筒の部位、工具マガジンの回転による工具の軌跡等に照らすと、機械“指”に接触する各工具の部位は各工具がいずれも有する円筒部であることは明らかである。そうすると、二進符号は各工具の円筒部に存在するとみるのが相当である。
なお、原告は、第一引用例において、機械“指”については「第三図参照」と明示しているのに二進符号については図面を参照しておらず、本文中に二進符号という語があるだけであるから、二進符号装置は図面上の見える位置には存在しないとみるのが相当であると主張しているけれども、原告主張のような事実から二進符号は図面の見える箇所には存在しないという結論を導き出さなければならない理由はなく、図面参照との指示や本文中に具体的説明がなくとも、前記のとおり二進符号の存在する位置を知ることは可能である。
3 つぎに、この二進符号を構成するものは何かについて考えてみよう。
(イ) 前記甲第五号証の第三図(写真)中上一から上六までおよび下一の各円筒部には白い上半円周面に黒い環状の線が見え、同じく上一および下一から下五までの各円筒部には黒い下半周面上に白い弧状の線が見えるが、これらのうち黒い環状の線は円筒部にある段部が左上の光源によつて照らされた結果生ずる影であり、白い弧状の線は円筒部の段部が右下の光源によつて照らされた結果生じたものであると解されるから、これらの黒い環状の線や白い弧状の線はいずれも前記円筒部に凹凸面が軸線方向に形成されていることを示すものであると認められる。
そうすると、図面(写真)にはすべての工具があらわれているわけではないけれども、図面にあらわれているもののうち見分けがつくもののすべてについて以上のような事実が認められる以上、すべての工具について前記のような凹凸面が形成されていると推認するのが相当である。
なお、原告は、甲第五号証の第二図には円筒部表面に凹凸面が円筒軸線方向に並んでいる点が認められないから、すべての工具について前記のような認定はできない旨主張するけれども、第三図ほど明瞭でないにせよ第二図においても工具円筒部には環状の線が見えており、また第三図と第二図はともに同一装置を表わしている(甲第五号証説明(5))から、たとえ第二図において明瞭でなくとも第三図において明瞭である限り、各工具円筒部について前記のように認定して差支えない。
また、原告は、図面にあらわれていない工具についてまで円筒部上に凹凸があると推測することは、二段の推測をするものであつて相当性の範囲をこえていると主張するけれども、図面(第三図)にあらわれ見分けられる工具の状況から図面にあらわれていない工具の状況を推認するのであるから、二段の推測をするものではない。
4 そこで、前記凹凸面について仔細に検討すると、甲第五号証第三図において上一から上三までの工具の円筒部にはそれぞれ二本の凸部が認められ、また下一から下三までの工具の円筒部には二本の凸部が、下四の工具円筒部には三本の凸部がそれぞれ認められ、これらの凸部の配列はいずれも相違していることが看取される。してみると、これらの見分けられる工具円筒部の凹凸の状況からおして、その余の工具円筒部の凸部の数は一様でなく、その配列も異なつていると推認することができる。
そして、二進符号が0と1だけを使用し、これらを互に異なる特有の配列をなすように組合わせた符号であつて、これを対象に特別に附与することにより対象を特定し、識別することができるものであることは、本件特許出願の優先権主張日前に既に日本国内において普通に知られている技術常識であることについては、当事者間に争いがない。そうすると、第一引用例には前記の工具円筒部の凹凸のほかに二進符号を示唆するような記載がない以上、工具に付されているという二進符号が円筒部上の前記凹凸面に相当することは、当業者ならば容易に理解できるといわなければならない。
なお、原告主張のように磁気の有無によつても二進符号を構成することは可能であり、また円筒部上の凹凸面を工具保管上の種分けのために用いることも不可能ではないとしても、前記甲第五号証によれば、第一引用例にはこのような趣旨の記載がないことが認められるから、前記円筒部上の凹凸面が二進符号を表わしているとみるのが相当である。
5 そうすると、本件審決が第一引用例の技術内容の認定を誤つているという原告の主張は失当である。
(二) 第二引用例の技術の応用の容易性について
成立に争いがない甲第六号証によれば、第二引用例には、交換可能工具および該工具に適合する作業値(切削速度、送り、切込み等)を調節するための装置を備えた工作機械、特に切削加工を行う工作機械において、前記工具または工具に連結された中間片がたとえば止めの如き手段を有し、工具を機械に挿入する時に前記止めが機械の工具収納部内に配置された制御機械を通して該工具に割り振られた作業値を調節するようになつていることを特徴とする工作機械の発明が記載されており、この発明は自動化された切削加工等の工作機械に関するものであり、自動化のための情報を予め工具のそれぞれに設置し、この情報を感知して工具に適合した作業値(切削速度等)を調整するものであることが認められる。したがつて、第二引用例記載のものは、自動化のための情報の内容や用途、符号装置の構成の点はとも角として、自動化のための情報を予め工具のそれぞれに施しておき、この情報を検知して機械を自動的に制御するものである点で、第一引用例記載のものと技術分野を同じくするということができる。
してみれば、本件訂正後の発明における符号受装置に相当する挿入ブツシユに設ける肩部(止め)と、挿入ブツシユ上にあつて肩部に当接係合する標識環(8)(9)(符号要素に相当)と、標識環を肩部との間で挾持する止め環とを備えた標識環の設置手段が第二引用例に示すように従来公知であつたことは当事者間に争いがなく、クランプで締結することと止め環により挟持することの差異は設計上の微差に過ぎないと認められる以上、第一引用例に記載された工具に第二引用例の前記構成部分を応用することは当業者ならば容易にできたものといわなければならない。
原告は第一引用例記載の工作機械と第二引用例記載のものとはその構成、効果において差異があると主張するけれども、本件審決が第二引用例を引用したのは、その情報の内容、用途についてではなくて、その符号要素と符号受装置との関係および符号受装置への取付け手段についてであることは成立に争いのない甲第一号証により明らかであるから、第一引用例記載のものと第二引用例記載のものを原告主張のように情報の内容、用途、符号装置自体の構成、効果の点で比較してもなんら意味はない。
したがつて、第二引用例に関連する原告の主張も採用し難い。
(三) 結論
そうすると、訂正後における特許請求の範囲に記載されている事項により構成される発明は、第一、第二両引用例から容易に推考できたもので旧特許法第一条所定の特許要件を具備しないものであるから本件訂正は認められないとした審決には、原告主張のような違法があるとはいえないことになる。
三 よつて、原告の本訴請求は失当であるから棄却する。
〔編註〕 訂正後の特許請求の範囲は左のとおりである。
工具群から自動的に識別し得るように工具指示器により自動的に検知されるその工具群の工具と、該工具と関連した符号受装置と、該符号受装置と関連した止めと、前記符号受装置上に位置決めされるために前記止めに当接係合し、符号受装置上にある符号要素と、該符号要素を前記止めとの間で締結するためのクランプとを具え、前記符号要素は前記工具指示器によつて検知される異なつた特性を有する要素群からなり、該要素群のいくつかは一つの符号化された値を与えるために一つの特性を有すると共に要素群の他のものは他の符号化された値を与えるための異なつた特性を有し、且つ該要素群は異なつた工具を識別するために異なつた関係で配列されていることを特徴とする工具識別用符号装置を具えた工具。